グランディ・21 宮城県総合運動公園

スポーツ医科学情報提供事業

スポーツと情報〜スポーツ戦略における情報の大切さ

仙台大学 講師 阿部篤志

 

拡大するスポーツ場面での情報活用

「いまや小学校のグラウンドにも、数多くのインテリジェンススタッフが潜りこみ、慣れた手つきで小型化された新型の機材を巧みに扱いながら、対象者に関する情報収集が行われている」。これは何かの事件でしょうか。いいえ、運動会での日常風景です。
情報技術(IT)の発達により、比較的に安価でビデオカメラやデジタルカメラが手に入る時代となり、日常的なスポーツ場面での「情報活動」が一般的となりました。冒頭の運動会の様子も、お子さんやお孫さんのいらっしゃる方の多くにご経験があるのではないかと思います。ここでお話するスポーツ情報戦略の原点は、実はそのような日常の中にあるかも知れません。
スポーツ界における「情報」の組織的な活用は、この十数年で急速な広まりを見せました。その背景には、2001年に開設された国立スポーツ科学センター(JISS)に、我が国初となるスポーツ情報戦略の専門部局であるスポーツ情報研究部が設置された1) ことが大きく影響していると言えるでしょう。
JISSでは、競技現場における映像撮影・分析や、強化戦略立案のための競技リザルトの分析などについて、日本オリンピック委員会( JOC )や各競技団体と連携・協働しながら実践的な取り組みを発展させてきました。また、スポーツに優れた素質を有する人材を発掘・育成する「タレント発掘・育成事業」のような、中・長期的な競技力向上方策の推進を図るための情報収集・分析や、地方自治体のスポーツ担当部局等との新たな事業の枠組みの開発や課題解決のためのネットワーキング(関係者間の情報共有や対話の促進)も、同部門の重要なミッションとされました。
その背景には、国際競技力向上を図るためのグローバルな拮抗した競争があります。いわゆる「わずかな差」を生み出すためにできることは何か。それを徹底的に研究し、対策を講じ、用意周到な準備を行ない、本番でのパフォーマンス発揮に繋げていこうとする戦略的な営みにおいて、「情報」は欠かすことのできない資源( Resource )なのです。


スポーツ情報戦略とは何か

冒頭の運動会の場面。例えば、二人のお父さんがビデオカメラを片手に、リレーを走る子どもを撮影していたとします。この時、「あることの違い」によって、一人は一般的な「お父さん」、もう一人はれっきとした「インテリジェンススタッフ」となります。
その「あること」とは「目的性」です。スポーツ情報の世界では、目的を持って収集・統合された情報は「インテリジェンス( Intelligence )」と呼ばれ、目的なく存在する情報である「インフォメーション( Information )」と明確に区別されています。
例えば、前者のお父さんは、単に記録としてビデオを回していただけでしたが、後者のお父さんは撮影後、リレーのビデオをスロー再生しながら子どもに助言をすることをあらかじめ「企図」していたのです。
つまり、スポーツ活動における何らかの成果を得るために、合目的的に情報を活用しようとする考え方や態度、その方法などのことを「スポーツ情報戦略」あるいは「スポーツ・インテリジェンス」と呼びます2) 。
なお、スポーツ情報戦略研究でもたびたび参照されている、国家安全保障に関わる「インテリジェンス」の定義には、
・ 政策決定者にとって決定や行動の前提となるもの
・ 使うために何らかの判断や評価が加えられた情報
・ 収集されたインフォメーションを加工、統合、分析、評価、及び解釈されて生産されるプロダクト
といったものがあります。これらを踏まえるならば、スポーツ情報戦略は、
・ スポーツの推進を対象として、
・ 成果を得るための判断や決断、行動の役に立てることを目的に、
・ インフォメーションを収集したり、収集した複数のインフォメーションを加工、統合、分析、評価する営み
と定義することができます。


インテリジェンスの種類

新聞やテレビで報じられているスポーツニュース、自分で撮影した競技映像、試合の後に公式発表される競技結果など、私たちが取り扱う「スポーツ情報」はさまざまです。スポーツ情報戦略活動では、「目的に対して必要な情報をいかに収集できるか」が最初の重要ポイントとなるため、その「情報源」をきちんと整備しておく必要があります。その時の参考となる枠組みが「インテリジェンスの種類」です。
インテリジェンスの種類には、オシント(公開情報)、ヒューミント(人的情報)、テキント(技術情報)などがあります3) 。「オシント」は新聞・テレビ等のマスメディア、書籍、雑誌、インターネットなどを情報源とする情報であり、スポーツでは、例えば最新のトレーニング科学に関する雑誌連載や試合結果の公式記録、英国が公募を開始した新たなタレント発掘プログラムの内容、ツイッターなどのソーシャルメディアで発信された選手のコメントなどがこれにあたります。「ヒューミント」は人と人との情報交換によって得られる情報であり、コーチ同士での会話や目的をもって設定されたミーティングなどがあります。「テキント」は何らかのテクノロジーを用いて得られる情報です。例えば、ビデオカメラを使って撮影された競技映像や海外の選手が使用している用具の画像などはイミントに含まれます。北京オリンピックの際は、日本の情報チームが事前に北京市内の環境条件(気温、湿度、大気)を調べましたが、これはマシントの一事例と言えます。


表1:インテリジェンスの種類

表1:インテリジェンスの種類
インテリジェンスの種類 内容

オシント

 (Open Source Intelligence)

公刊資料や公開されている情報

ヒューミント

 (Human Intelligence)

人を介して得られる情報

テキント

 (Technical Intelligence)

技術を用いて得られる情報
__

イミント

 (Imagery Intelligence)

撮影・収集された画像から得られる情報

ジオイント

 (Geospatial Intelligence)

地理空間に関する情報

マシント

 (Measurement and

SignaturesIntelligence)

測定によって得られる情報


「プロセス」としての情報戦略

スポーツ戦略に対して情報を効果的に扱うためには、「収集・加工・分析・評価・提供」といった、基本となる一連のプロセス(過程)をどのようにデザインし、それを日常のスポーツ活動の中にいかに組み込みこめるかが肝要です。


・情報の「収集」

この段階では、先に述べた情報源をうまく組み合わせながら、行動選択に必要な情報を得ることになります。スポーツの現場の中で自分自身が自然と見聞きする「経験情報」ももちろん大切ですが、試合で交流する指導者との会話の中で、相手チームの課題に関係する自チームの現況や情報を開示しながら4) 、自チームの課題に関係する情報を引き出してみるのも一つです(ヒューミント)。また最近では、トップコーチやトレーナーが自身のブログなどで、世界のスポーツの動向や現場で取り組みなどを積極的に発信しています。その中には、自チームの課題解決に繋がるヒントや指針となりうるインテリジェンスが含まれています。一人で情報をカバーするのが困難な場合は、仲間やチームメイトと分担をしながら、それを共有する仕組みをつくる方法も有効です。


・情報の「加工」
情報の「加工」とは、料理で言う「下ごしらえ」です。例えば、撮影した映像や入手した情報をパソコンに取り込んだ後、規則的なファイル名を付けて整理をするのも大事な作業です。特に「日付」の情報は後から情報を利用する際に有効です。私たち人間は、時間の流れの中で経験した出来事の前後関係を手がかりにしながら、特定の情報を探し出すことに長けているからです。日本スポーツ振興センター( JSC )情報・国際部では、前身となるJISSスポーツ情報研究部の時代から10年以上にわたり、国内のスポーツ関係者に国際競技力向上に関する国内外の情報を配信していますが、その際、情報に一つの小さな「加工」をしています。記事の件名に【ソチ2014/選手団構成/韓国】といったキーワード見出しをつけるのです。そうすることで、受信したメールボックスは一つのスポーツ・データベースとなります。後から必要に応じてキーワードで検索すれば、過去から現在に至るまでの、そのキーワードに関する情報をまとめて引き出すことができます。このデータベースは、現在でも国際競技力向上のための情報戦略活動の基盤として用いられています。映像処理技術や検索技術の進歩により、最近ではこの「加工」の手間がどんどん小さくなってきてはいますが、目的に合わせた「下ごしらえ」は、美味しい料理をこさえる上で欠かすことのできないプロセスであり、それが後の大きな価値を生む源泉となるのです。


・情報の「分析・評価」
情報の「分析・評価」段階では、収集、加工された情報を用いて、目的に対する知見を得るための分析と評価を行ないます。分析の方法は目的に対してどのような知見を得たいのかによって異なります。また分析の対象となる領域も、競技現場におけるアスリートのパフォーマンス分析もあれば、チーム戦術の機能度合いを評価するためのゲーム分析もあります。また、4 年スパンでチームの世界ランキングを追跡しながら、その出来幅から自チームにおける競合との相対的な競技力の位置付けを明らかにするポジショニング分析も一般的です。その他、SWOT分析やステークホルダー関係分析なども、チームの戦略を考える上では大変有効なフレームワークであると言えます。実際にトップチームが強化戦略プランを書く時はそのような方法を用いて、現状を把握した上で目標とのギャップを明確にし、その差を埋めていくための戦略の検討を行なっています。


・情報の「提供」
情報の「提供」段階では、分析結果を意思決定者に対していかに伝えるかに知恵を絞る必要があります。米国のインテリジェンス機関であるCIA には、毎朝30分間の大統領に対する定例報告(デイリーレポート)を行なう時間が与えられていると言います。世界の出来事をたった30分間で、しかも数枚の資料で伝えていくためには、いま最も伝えるべきことは何かを徹底的に吟味し、数ある「量」としての分析・評価結果から、精選された「質」としての報告内容を検討しなければならないことは想像に難くありません。
私たちの日常のスポーツ活動においても、そこまで切迫したものではなくても、基本的には同様の考え方や態度をもって情報の「出し方」について考えていく必要があるでしょう。その一手間が、意思決定者の最後の決断や行動を決めるといっても過言ではないからです。
以下に示す「情報戦略の6 要素」は、その戦略性を確保するための枠組みです。いま、何を最も何を伝え、何を相手の心に残すべきか(メッセージ)、それを伝えるべき相手は誰か(ターゲット)、どのような情報内容を提供するか(コンテンツ)、その出所は信頼に足るものか、あるいは判断や決断を支えるに足る根拠となりうるか(ソース)、どのタイミングでどのように伝えるか(オペレーション)、どのような成果を期待しているか。これらの要素を常に念頭に置きながら、効果的に情報を提供することが重要です。


表2: 「情報」を戦略的に扱う場合の要件(情報戦略の6要素)

 

表2:「情報」を戦略的に扱う場合の要件(情報戦略の6要素)
要素 内容
メッセージ (情報の)送信側の内容に明確な意図があること
ターゲット 受信者が特定されていること
コンテンツ 受信側の行動選択に有用であること
ソース 出所の信頼度を把握、見極めていること
オペレーション 送信側が送信する情報の媒体やタイミングが企図されていること
エフェクト あらかじめ想定した成果に対して有効に機能すること
※勝田(2002)をもとに筆者が加筆修正

 

情報とネットワーキングの重要性

私たちはミーティングや会議などを持ち、その上で意思決定をしていきます。行動を選択するためには不可欠な要素が二つありますが、そのいずれか、あるいは両方がないために、うまく意思決定できないことがあります。その一つが「インテリジェンス」であり、もう一つが「ネットワーキング」です。
適切な意思決定を促進するためには、まずチームの中の「情報の非対称性」を解消することが必要です。課題解決に必要な情報を、上述のプロセスを通じてチームで共有することが求められます。また、単に情報を共有しても、個々人でそれを消化して行動に使える知識に変換するのは困難なため、情報を共有したメンバー間での対話や議論を生み出す設えも必要です。この二つがうまく融合した時に初めて、インテリジェンスは適切な行動の役に立つのです。



1) 国立スポーツ科学センター(JISS)スポーツ情報研究部の情報戦略部門はその後、母体組織である独立行政法人日本スポーツ振興センター( JSC )に平成24(2012)年4月に新設された情報・国際部に機能移管された。
2) 和久貴洋著「スポーツ・インテリジェンス―オリンピックの勝敗は情報戦で決まる」NHK 出版新書(2013)
3) マーク・M ・ローエンタール著、茂田宏監訳「インテリジェンス―機密から政策へ」慶應義塾大学出版会(2011)
4) 情報には、情報を発信した人のところに情報が戻ってくる「ブーメラン効果」がある。インテリジェンスの世界でも一方的に情報を得ることは難しいとされ、一定の信頼関係に基づく相互に有益な情報「交換」がヒューミントの基本となる。