粟木 一博(仙台大学)
スポーツをやるにしても指導するにしても考えなければならない最も大切なことは「やる気」の問題である。とにかく、これがなければ練習が始まらないどころかグラウンドや体育館にアスリートたちが集まることさえないのである。
この「やる気」、広辞苑には「物事を積極的に勧めようとする目的意識」という記述がある。これはこの項で問題にする「動機づけ」の肯定的な側面をとらえたものである。動機づけには加えて否定的な方向性も含まれているのである。
「あんなきつい練習二度と嫌だ」といった、そこから回避したいという欲求も含まれているということになる。動機づけを考える際には、目標を設定してそれに接近するように勇気づけると言ったアプローチとともに失敗を恐れる恐怖感やそれを回避しようとする気持ちにも言及しなければならない。
この動機づけをスポーツの現場で有効に利用するためにはそれに対する分析的な視点を持つことが大切となる。今回は3つの視点から動機づけを分析してみようと思う。
最初は、物事をどう見るかという視点である。人は価値のあるものに近づきたいと考えるものだし、ある程度の見通しが立たなければ行動を起こそうとはしないものである。このようにものの見方や考え方は動機づけに大きな影響を及ぼす(Atkinson, 1964)。例えば、これからジョギングを始めようとしている人がいると仮定してみよう。この人が、明日からジョギングを始めるためにはどのような要因が必要となるだろうか。まず、自分の能力に関する期待である。
「自分は朝早起きをして、数km 走ることはそれほど難しいことではない」と考えるか「仕事が忙しくて疲れているので、自分には無理だろう」と考えるかである。もう一つ重要なことは、ジョギングに価値を見いだせるかどうかということである。「一ヶ月間ジョギングを続けることは自分の健康にとって極めて有益だろう」と考えるのか「こんなに不健康な生活を送っているからいまさら少しくらい走ったところであまり意味はないだろう」と考えるかということである。さらに面白いのはこの期待と価値はそれぞれ独立して動機づけに影響を及ぼしているのではなく、お互いかけ算の関係にある。これはどちらかがゼロになると次の行動が生じないということを示している。どれだけジョギングに価値を見いだしていたとしても、自分には無理だと思ってしまえばこの人はジョギングを始めることはないということである。
次に大切な視点は物事をどう感じるかという視点である。ひとは気持ちのいい感覚、快の情動を求めるものであるということは経験上十分に納得できるのではないだろうか。この感情の状態をフローと呼ぶ( Nakamura &Csikszentmihalyi, 2002)。これは我を忘れて物事に夢中になっている状態のことで、難しい言葉を使うと「没我」と呼ばれる。もちろん、勝利の瞬間や何かを克服したときには快感情が生まれることは疑いがないが、これも我を忘れるような時間を経て、その結果、獲得されるものではないだろうか。さて、この状態を経験するためにはいくつかの条件が揃っている必要がある。それは、自分の能力が最大限に発揮されていることと、自分が挑戦しているレベルが高いものであることである。ただし、これはあくまでも主観的なものであり、自分の能力の限界に挑戦しているという感覚と自分が考える最高の水準に挑戦しているという感覚が釣り合っていることが重要である。例えば、スキーで自分としては難しい急斜面に挑戦している時の状態である。この時、よほどのことがない限り別のことに思念が及んだりすることはないだろう。しかし、やがて何度も練習をするうちに物足りなくなってくるのも事実である。飽きがきて退屈になってしまい、これまでの快の感情は失われる。次は何をするか問えばさらにリフトで上の上級者コースに挑戦することになり、この斜面で再びフローを体験することになる。これが技術の進歩のメカニズムである。視線を指導者に転ずれば、アスリートのレベルを把握し、適切な技術レベルを獲得するための夢中になれる練習を配置できる能力が大切であることを意味している。
最後に大切な視点は、何を欲しているかということである。何か不足が生じるからこそ人は行動を起こすのである。簡単な話をすれば「喉が渇いた」から「水を手に入れようとする」のである。
不足しているものは何かを見極める必要があるということである。マズローは欲求階層説(Maslow, 1954)を唱え、人間の欲求はその根源的な部分から生理的欲求(水が飲みたい、食べ物が欲しいなど)、安全に対する欲求、親和欲求(誰かと一緒にいたい、認められたい)、自尊欲求(私は人とは異なるユニークな存在である)、自己実現欲求という階層を構成しているとしており、さらに、この下位の階層が満たされないと上位の欲求が生じないとしている。これはあくまでも人間を全般的にとらえて構成された理論であるが、スポーツでも高い目標を実現しようとするならば安全であったり、チームやクラブがうまく運営されていたりする必要があることを考えれば頭に入れておく必要があろう。ただ、ウエイトコントロールが必要となる競技においては自己実現の欲求を満たすために生理的な欲求を制御する必要があることもスポーツの独自性として認識する必要があるだろう。
以上三つの観点から動機づけを分析したが、これは動機づけが3種類存在するという意味ではなくて、物体を異なる方向から眺めると異なる見え方がするように、動機づけを分析する視点が多様であり、競技力の向上や指導の仕方も様々であることを示唆している。
動機づけには自分がやろうとしていること(例えばテニス)が楽しいから練習をするという動機づけが存在する。これは、テニスをすること自体が活動の目的となっている状態である。これを内発的に動機づけられた状態と呼ぶ。これに対して、試合に勝つとご褒美がもらえるからがんばるという場合がある。
これはテニスがご褒美をもらうための手段となっている状態で、外発的に動機づけられた状態と考える。外発的動機づけは競技者のやる気を高めるためにわかりやすい、かつ効果が期待できる方法である。しかし、その使用方法には極めて慎重な態度が必要である。大学生を2つのグループに分けてパズルを解かせるという実験を実施した(Deci, 1971)。一つのグループには報酬を与え(外発的動機づけ)もう一つのグループには報酬なし(動機づけの基準)で実験への協力を求めた。結果は予想通り、報酬ありのグループの方がパズルを解く数が多くなるというものであった。しかし、ある日、被験者たちは報酬が打ち切られたことを伝えられた(もちろん報酬なしのグループには何の変化もなし)。
その後、しばらくした後、実験のため研究室を訪れた被験者たちは前の実験が長引いていることを理由に控え室で待機するように指示された。その控え室には時間つぶしの様々な道具がおかれていた。その中にはこの実験で使用されているパズルも含まれていた。さて、この控え室での行動を観察したところ、報酬を一時期もらった被験者に比べて報酬なしのグループに属していた被験者の方がパズルに取り組む確率が高かったという報告がなされている。つまり、一度報酬をもらってしまうと、やる気のレベルが基準のレベルよりも落ち込んでしまうことをこの実験は明らかにしているのである。
やはり、テニスそのもの、競技そのものが楽しい、自分の能力が向上することを目的としているという動機づけはなにものにも勝るということになろうか。ただし、「ほめる(情報)」というご褒美にはこの結果は生じないとされている。
現在の研究ではこの外発的か内発的かといった二者択一的な動機づけの分類はより詳細な検討が加えられている。「やれと言われたからやっている」といった全く動機づけが自分の外側に存在するレベルから、「失敗すると恥ずかしいから」という少しだけ自分の内面的な視点を持ったレベル、さらに、「自分にとって重要なことだから」というかなり動機自体が内面化されたレベル、そして、これらが統合されて、「好きなことだから」という内発的な動機づけのレベルが生じるとされている。
冒頭で述べたように動機づけを生み出すためには期待と価値が重要である。この項で述べたように内発的な動機づけの視点を持つためにはその競技に対して価値を見いだすことは重要である。翻って指導者の視点に立つならば、ただ単に技術を教えるのではなく、その競技の価値を認めさせるような活動は重要であるということをこの事実は物語っていることになるのではないだろうか。
さらに、スポーツ全体の価値を見つめる必要があるのではないだろうか。
内発的に高く動機づけられるということはスポーツを楽しむために、あるいは競技力を向上させるための鍵となることがご理解頂けたのではないだろうか。さらにもう一点大切なことは、自分自身で考えることが大切であるということである。自分の行動を自分がコントロールしている感覚を持つときにのみ人間は内発的に動機づけられる(deCharms, 1968)。練習の計画や試合の作戦の立案など自分が主体的にかかわっている感覚を持つことが極めて重要である。また、指導を行う際には、対象者がこの感覚を持ち得るように配慮することも重要な視点であるといえよう。
・ Atkinson, J. W., 1964 An introduction to motivation, Princeton, NJ: : D.VanNostrad
・ deCharms, R., 1968 Personal causation, New York : Academic Press
・ Deci, E. L., 1971 Effects of externally mediated rewards on intrinsic motivation, Journal of Personality and Social Psychology, 18, 105-115
・ Maslow, A. H., 1954 Motivation and Personality, New York: Haper
・ Nakamura, J & Csikszentmihalyi, M., 2002 The concept of flow. In C. R. Snyder & S. J. Lopez(Eds.) Handbook of Positive Psychology, New York, NY: Oxford University Press