仙台大学 南條充寿
私の専門種目が柔道であるため、柔道を中心に安全考慮を考えたスポーツ指導について述べさせていただく。
平成24 年度より中学校学習指導要領が改定となり、武道とダンスの領域が新たに必修となった。その意義と目的の中には『礼などに代表される伝統的な考え方などを理解することが期待されている』と、されている。
そういった中で期待が寄せられる反面、1983 年から28 年間で柔道の現場において114名の死者が出ている事実もある。授業ではなく部活動で…や心不全など、他の種目をしていても…などの意見もあるようだが、柔道の現場で起きたことは事実であり、柔道の専門家として真摯に受け止めなくてはいけないことであると考える。
そこで、中高生の体育の授業において、現場に立つ際、安全なスポーツ指導を以って授業運営を行うために、指導者にとって必要だと思われる3 つの技術について述べたい。
①テクニカルスキル
これはスポーツ指導の現場において正しい技術を伝えるために必要なスキルである。柔道においては、短期的な講習によって指導に十分なスキルが習得することは考えにくい。ある程度の習得期間(修行)が必要であり、それらがないために、実際の現場においてその運営の大きな障害になりかねない。そういった中、中学武道の必修化がスタートして、体育教員と近隣の柔道指導者がタッグを組んで授業運営をする事例が見られる。学習者の管理や観察などの運営については体育教員が、専門的な技術指導においては柔道専門家が担当をして授業を展開していくというものである。自治体における授業展開の統一が難しいことや、柔道指導者の定期協力が困難なケースもあり、まだまだ問題点はあるが、取り組みとしては今後の参考になると考える。
このことについては、体育教員の柔道授業における指導技術の不足がその原因であり、今後は全日本柔道連盟以下、各地区の柔道連盟において体育教員における定期的な指導の講習会を実施するなどの地道な活動が求められると考える。
また、柔道経験の浅い体育教員においては、学習指導要領解説に沿った授業計画の立案がされると思うが、解説に示されている技(特に立技)をすべて取り扱う必要はなく、その生徒の経験や技能、体力を十分考慮した計画、展開を実践することが重要である。柔道の醍醐味である『一本』を取る技術は固技(寝技)にも存在し、立技に比べると比較的安全である。それらを多く用いるなど、状況に応じて展開をマネジメントする能力もテクニカルスキルの一部といえる。
前述したが、必修化の意義と目的には『礼などに代表される伝統的な考え方などを理解することが期待されている』とある。例えば、授業中は基本動作にある『礼法』を徹底させるなどして、学習者に武道における礼法の意義について、実技を以って考えさせるなどの展開も方法としてあって良いものと考える。技術中心の単元や授業展開の内容に完璧を求めると、かえって難しくしてしまう可能性がある。
②リスクマネージメントスキル
中学生の授業では、そのほとんどの学習者が初めて柔道を経験すると考えられる。柔道における怪我や事故のその多くは、投げられた際に受身が取れなかったり、技を入った際に不十分な体勢であったりすることが原因である。そこで考えなければいけないことは、授業運営時における学習者の状態である。特に技の習得において、実際に相手を要する練習などでは、『体力(体型)差』と『技能差』については十分な配慮をする必要がある。
また、指導する『技の選択』についても配慮する必要がある。掛けやすく、受身を取りやすい技を選択して、その習得の程度をコントロールする必要があると考える。前述したように、学習指導要領の内容にとらわれすぎて、自身も経験したことのないような技術を指導することは、学習者、指導者の両者にとって有意義であるとは考えにくい。
更に、実際に事故が起こった場合の対応についても、そのロードマップの確立をしておく必要がある。事故報告や対応が遅れてしまったために被害が拡大する…ということは容易に想像できるところであり、あらゆるシミュレーションを想定して常時、その対応について検討し、評価をすることが重要と考える。
環境においても事前確認、準備の配慮が必要になる。畳は常設でなければ、毎回の授業で敷詰める作業が必要となり、敷詰めが不十分であると、畳と畳の隙間に足の指が引っ掛かるなど、下肢の障害発生につながりかねない。
そういったリスクを考えた場合、そして、現在、中学体育の現場で柔道の専門家といえる人材の不足などを考えると、授業自体の方向性についても再検討の必要性があるだろう。
③ヒューマンスキル
このことは、コミュニケーションスキルに代表されるように、対人関係能力であり、体育教員だけでなく、人が生きていくうえで必要とされるスキルである。その基礎的な能力を持ち合せていなければ、スポーツ指導において生徒を導くことは困難であると考える。
また、柔道の専門的スキルに留まらず、広範な知識を持ち合せ、実技授業の実践に活かすことや、リーダーシップを以って生徒をコントロールする能力が長けていることが求められる。
それらを踏まえて、授業においては、決して自己満足にはならず、教える側と教えられる側が同じ目的になることが重要であり、その環境を作ることが指導者として求められる。そのフィールドの中に学習者と指導者の利害関係が一致することが前提であり、一方的な
押し付けであったり、強要であることはその関係が成立しないことは明らかである。そういった環境が安全に授業を行うために障害になる可能性があり、そのようにないためにも、人として基礎的な能力が求められると考える。
最後にスポーツ指導における指導者の心構えについて述べたい。
柔道に限らず、スポーツ指導に関しては常時、最低限の細心注意を払う必要があると考える。私も13 年間、大学において実技授業でスポーツ指導に携わっているが、指導内容の検討や実施する環境整備、学習者における健康観察を行うことは当然のこと、授業時間帯においては常に心に留めていることがある。
『何か起こって当たり前』の心構えである。
変な言い回しかと思われるかもしれないが、柔道に限らず、実技指導の現場においては用具の使用や相手とのコンタクトなど、怪我や傷害事象が起こる可能性は、他の授業の時間帯よりはるかに高いと考えられる。そういった事象が起こった場合、つまり、最悪の事態を想定していると緊張感を持ち続けることができ、その後の対応について冷静に判断、行動できると考える。また、前述したリスクマネージメントが日常で不可欠になり、起こった事象に対する管理体制が万全かどうかの確認が必要になってくる。そのことばかりに気をとられて、授業展開が消極的になることは良いことではないが、そういった心構えを持つことが事故防止や授業展開の助けに繋がるものと考える。
それらを含め、学習者が『次回も柔道がしたい』という感覚と環境を与えることできるよう、与えられた時間帯を如何に効率よく、また、伝えたいことを楽しませるかということが指導には必要になると考えられる。
以上、中高生の柔道授業を中心に安全なスポーツ指導が展開できるよう私見を述べてきた。柔道以外の種目においても、それぞれの技術の伝達と同時に安全を確保することは、指導者の責務であることはいうまでもない。現状に満足せず、学校体育におけるスポーツ指導の役割とその方法について、深く検討を重ねていくことが事故のない将来の糧となるだろう。