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スポーツ医科学情報提供事業

「スポーツにおけるリスクマネジメント ―指導者の責任―」

仙台大学     
准教授 永田 秀隆

 

平成24年度から中学校の保健体育の授業において武道が必修化されますが、特に柔道にあってはその実施に対して懸念する声が聞かれます。柔道では怪我の程度が他の競技より重傷であったり最悪死亡にいたることもあり、また安全対策が十分でなかったりといったことがその理由としてあげられます。このような学校体育での事象に限らず、全国各地で様々なスポーツ活動が行なわれていますが、指導者はこの安全対策にどのように向き合えばいいのでしょうか。今回は、スポーツにおけるリスクマネジメント、副題として指導者の責任というテーマですが、いわゆる実技等のスポーツ指導者のみならずスポーツ施設の管理者も含め、やや広い視点でこの問題について考えてみたいと思います。

1.スポーツに関わるリスク

リスクとはわかりやすく言うと、損失、事故や危険なことが起こる可能性と言えるでしょう。そのため、私たちの周りには実に様々なリスクが存在しています。例えば、企業では被害の種類、業態、製品・商品、被害の形態、ハザードといった基準でもってリスクを分類することができたり、またビジネスリスクでは戦略・金融・業務・情報のそれぞれのリスクでもってその枠組みを構成したりすることもあります。

スポーツ関係では、総合型地域スポーツクラブ経営のリスクとして、次の4つの分類が示されています1)。?経営資源にまつわる投機的リスク、?自然災害や火災といった純粋リスク、?クラブの成長過程に伴って生じる発展段階リスク、?スポーツ事業の成否といったクラブ損失リスク、といったものです。これらは、特にクラブの管理者・経営者においては念頭に置いておかなければならないリスクです。実際のスポーツ活動中もそれぞれのスポーツ種目毎に生じやすい事故(例えば、バレーボールやバスケットボールでは突き指や捻挫、野球ではボールやバットの身体への接触、水泳では心臓麻痺や溺れ等)というものがある程度想定できますが、この起こりそうな事故をリスクと考えればいいでしょう。スポーツ指導者には考えられうるすべてのリスクを常に想定しておくことが求められます。

2.スポーツにおける2つのリスクマネジメント

ありとあらゆるリスクに対して適切に対応していくことは簡単なことではありませんが、その対処の仕方については、リスクの発生前と発生後の2局面で考えると理解がしやすいと思います。リスク発生前後の留意点については識者2)により指摘されていますので、そこでのポイントをベースとして紹介します。

1)発生前:事故の予防

?スポーツルールを守ることを教える(安全指導)

ルールには、危険を防止するルール、競技運行のための技術ルール、そして道徳律としてのルールがあると言われます。今回のテーマとの関連ではまず危険を防止するルールを重要視し、そのルールを遵守することを厳しく指導する必要があります。また、子供たちの人格形成においてルールの指導が重大な影響を与えるということもありますので、指導者がそのことを認識するとともに率先してルール遵守を進めていかなければなりません。

?絶対にケガをさせない心構えを持った活動計画の立案と実施(安全管理)

活動計画を立てることでいろいろなリスクを事前に予測し、準備することが可能となります。実際のスポーツ指導計画においては、スポーツ活動前後の準備運動(ウォーミングアップ)と整理運動(クーリングダウン)といった一連の流れが重要な役割を果たします。

?すぐ安全対策を立てる

事故経験者の多くが事故の前に何らかの予兆のようなものを感じるそうです。自身の身体面や施設の環境面など、気になる点がある場合にはすぐに安全対策を施すことが重要であり、それが不十分だとその後の展開に大きな影響を及ぼすことにつながります。

?最悪を想定し、活動の中止を恐れない

活動の中止を恐れず、いつでも最悪を想定し、ブレーキをかけることが大切と言われます。ある意味とても勇気のいることですが、その決断が成否をわけたりします。多少気になることがあっても何とかなるだろうといった思考はスポーツ場面では戒めなければいけません。

?地域の実情に応じた安全指導マニュアルを作成する

何が危ないかは、地域、それぞれのスポーツ、集団などによって違うようです。それぞれの実情に応じた安全指導マニュアルの作成が極めて重要となりますが、その際指導者間でコミュニケーションを深め、各人が持つ有益な情報の共有を積極的に図りましょう。

?保険に加入する

事故が発生したときに賠償金を出すことができれば、紛争の大きな部分は防げると言われます。そういった意味で保険に加入する意義を見出すことができます。また、保険請求により事実関係が整理できるというメリットもあります。

2)発生後:事故の再発防止

?人命救助などの果たすべきことをなす

緊急事態に一番大切なことは、命を助けるということです。スポーツ事故の場合は、できるだけ医者に近づけることが賢明で、指導者は救急法で処置しながら救急車を呼び、病院に搬送することが大事と言われます。そういう意味でも指導者は必要最低限の救急法の知識と実践力が求められます。

?事実関係を把握する

事故が起こってしまった際には、なぜ事故が発生したのか、ということについて、どんな些細な事実でも客観的に第三者が理解できるよう事実関係を把握することが大事と言われます。言葉や身体に表れた表情など行動に表れた客観的事実を見れば、心の中が分かるようです。

?先例を学ぶ

過去の判例を調べてみたり体験談を聞いたりすることで、これからの対処方法の見当がついて先の見とおしができ、心にも余裕が生まれるようです。

?説得と論証

スポーツ事故の例で考えると、事故のあった場所を写真に撮っておくとか、体育館の修理を文書で請求しておいたとか、そのような証拠になるもの(証拠物)を揃えることが大事と言われます。トラブル時にはそのような証拠物などに基づき、自分の主張が正しいことを論理的に証明しなければなりません。

?身近な人の助けを借りる

トラブル時にはそこに関係する人々を説得できなければなりませんが、そのためには日頃の信頼関係がポイントとなるようです。自身が事故の当事者だったりした場合、精神的にも追い詰められますので、そういう時に支えになってくれる身近な人は大切な存在となります。

?自分の行動は正しいという信念を持つ

何をするにも、まずは自分のとった行動に自信を持つことが重要なようです。ただし、明らかに自分に非がある場合はその部分は反省するといった謙虚さがあると相手との歩み寄りの可能性もひろがるでしょう。

リスクマネジメントを考える際によく使われる言葉として「転ばぬ先の杖」があります。スポーツ場面に置き換えると、「リスク(スポーツ事故)が起こらないように、前もって(先手を打って)用意周到にしっかりと準備をしておくこと。」ということになるでしょうか。人々が安心してスポーツできる環境の整備に取り組むことが指導者の責任と考えます。ただ、指導者によるリスクマネジメントに目を向けるだけでなく、プレーヤー自身によるリスクマネジメントという視点も忘れてはなりません。例えば、自身のコンディションを最良の状態にしておく、施設・設備の準備や後片付けを自分たちですることによりメンテナンスの良し悪しに気づく、といったようなことをプレーヤーに教育していくことも指導者には必要と思います。そうすることで事故等も以前よりは減少するでしょうし、そうなると安心して楽しくスポーツできるという体制がより一層保障されてくるのではないでしょうか。

文献

1)中西純司「総合型地域スポーツクラブでのリスク・マネジメント」みんなのスポーツ

(25-2)日本体育社.2003年

2)菅原哲朗「スポーツ法 危機管理学」エイデル研究所.2005年